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こんな人にオススメ
・一気読みしたい
・ダークな話が好き
・深く考える作品を読みたい


あらすじ・内容
死に至る病に冒されたもの奇跡的に
一命を取り留めた男
生きる意味を見いだせず全ての生を
憎悪し、その悪意に飲み込まれ
ついに親友を殺害してしまう
たが、人殺しでありながらそれを
苦悩しない人間の屑として生きること
を決意する──
人はなぜ人を殺したらいけないのか?
罪を犯した人間に再生は許されるのか?
究極のテーマに向き合った問題作!




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ネタバレ・感想
本作も中村文則らしさ全開だった
「狂気」×「悪」×「ダーク」な物語
人をなぜ殺したらいけないのか?
という究極のテーマで読み応えがあり
重い話だったがとても面白かった


致死率80%の重い病気が奇跡的に治った
主人公は生きる意味を見いだせず
自殺を試みようとした時に偶然に親友
に出会い衝動的に殺してしまう
主人公は異常な精神状態な中で人殺し
でありながらもそれを苦悩しない“悪魔”
のような人間として生きる事を選択する


善悪の基準は人間が作った価値基準
であるから“人を殺したらいけない”
という問いに対しての答えは無い
と大学時の主人公は考えていた
確かに、人を殺してはいけないが
その人に立場や置かれた状況によって
は変わるのでその考えは正しいと思う
作中でもリツ子の娘を殺した犯人が
出所し同じ犯行を繰り返そうとして
遺族から殺されたが、この殺人に対しては
全く悪いとは思わなかった
遺族と同じ状況であればほぼ全員が
同じ行動を取っていただろう


主人公は人殺しであるという事に苦悩しない
屑のような人間として生きる事を選択して
いるが、常に罪の意識を抱え苦しんでいた
読んでいて本当に疲れる程だった


出所後の元少年との対比も描かれていた
苦悩し続ける主人公と全く反省せずに
新作のゲームソフトを購入する為に
朝早くから行列に並ぶ元少年
主人公もかつてはこの元少年のように
悪い人間になろうとしていた
しかし、違和感に感じ戸惑っていた
少女を見捨てずに助けた事からも
悪人ではなく人間らしくなっていた


祥子や武彦との出会いも主人公を変えた
特に祥子に対しては「幸せになってほしい」
と心から思っていた
リツ子がいなかったら主人公はまだ
暗く沈んだ悪人のままだっただろう


終盤にリツ子が発したセリフ
「どこかで、苦しんでいてもいいから
生きなさい。わたしも、同じように
生きているから。」
には主人公同様に涙した
リツ子にK の母親を映していただけに
許しを得たように思ったのかもしれない


ラストは警察に出頭していたが病気が
再発して警察が管理する病院に入院する
手記はここで書かれていた
同じ病気でも主人公の気持ちは穏やかで
落ち着いていた
そこでKを殺したら自分を、最後まで
抱えていく事を決意する
このラストシーンには一筋の光が
差したように思えて良かった


ラストの注釈として
「アルファベットの混乱を避けるため
主に仮名を用いた」とはどういう事か?
「去年の冬、きみと別れ」のラストと
同じように感じたし
作者はアルファベットや仮名にこだわりが
あるように思えた

主人公が親友の名前を「K」としたり
罪の意識を抱えながら生きる事は
夏目漱石の「こころ」を意識している

また、ドストエフスキーの「地下室の手記」
にも色濃く影響がされている
内容としては人間は 2×2=4 のような
数学的、合理的な存在じゃない
もし、人間がそんな存在なら機械と同じ
それは人間といえるのか!?
ドストエフスキーは地下室人(自身)を
通して人間らしさを問い掛けている
哲学的な事は難しく分からないが
苦悩する事自体が人間らしいという事
が描かれている


本作を手記形式にする事でより
客観的に物語を表現していた
なぜ人を殺したらいけないのか?
の明確な答えは出なかったが
罪を犯した人間が再生する為に最も
必要な事は罪の意識を抱える事であり
許される事は人にもよるがあると
作者は主人公を通して表現していた
難しいテーマでしたが満足な1冊でした!

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